午前10時の黄昏

Midas2008-10-30

久しぶりにメールボックスを開くと、ベルリンや
マドリッドシンガポール、地球のあちこちから
「STAY COOL。俺たち愛しあってようぜ」
みたいなお便りばかり、舞い込んできてて、一瞬
なにごとかと思ったのだった。
掲示板で与太話をする仲で、顔も知らないのだ。
ああそうだった。世界は未曾有の事態なんだっけ。
連中の周りも、さぞやなテンパり具合なのだろう。



東京の街は午前10時なのに黄昏れてた。昭和を
見上げてるみたいな鰯雲だった。とっくに全てが
とりあえず崩壊してるにもかかわらず、どうにも
止めようがない。魂は抜け殻なのに、肉体だけが
永遠に砂糖黍畑で働かされてる死霊の街みたいだ。
根津美術館は玄関先にトンデモ建築を造ってるし
ミドリ安全のとこも、トウキョウリラックスに
ヤラレすぎとしか思えないミッドセンチュリーな
塔を立ち上げてる。
目に見えるとこではなんも換わってないのに実は
なにから何までもが違ってる。絶対に回収なんか
できるわけないって、みんな薄々、感じてるのに
言いだせずにいる。あの
「わかっちやいるけどやめらんない」
が、呪いとなって戸口を、叩いてるかのようだ。
昭和の精算とやらは未だ、済んでなかったんだ。
そう思った。



前回のバブルに比べても、この崩壊感覚は唐突だ。
たしか91年の5月だったか、ナイジェルコーツ
とい面の寿司屋に銀行が1億現金包んできたとか
「このタイミングじや遅いだろ」
そんな噂になってたのを覚えてる。しかし、件の
マンションは現在も残ってるのだ。結局は地上げ
しきれなかったし、古屋も壊せなかった。それが
今や、いたるとこで復興の槌音だけが響いてる。
バーチャルの世界だけが滅亡したのだから現金を
ばらまけば日本はなんとかなる。
そう信じるひとの気持ちも、よくわかるのだけど。



ちょっと前までは、髑髏が流行ってたのだった。
これは「メメント・モリ」生のただ中にあっても
汝、死を忘れることなかれ。精一杯、頑張ろうぜ
程度のニュアンスである。それが昨今では
「世界中でスリラーダンス」
90都市でギネスに挑戦してるのだ。東証の株が
あのメガヒットアルバム発売の年の水準まで下落
死んでることを知らない地獄の使者たちの真似に
血の道あげてるのである。
あなた実はとっくに死んでませんか。
これを他人に伝える。ただそれだけのために。
ゾンビに噛まれると伝染とは、よく言ったものだ。



散歩へいくとき必ず通りがかる、名前を言ったら
誰でも知ってるカリスマ美容室が、炎上してた。
白大理石にこれで1万円?!みたいなメニューが
書いてあって覗きこむと綺麗な人たちがますます
綺麗にならんと、鏡を食い入るように見つめてる。
そんな魔法の館だったのだけど、並木道を望める
窓という窓には合板ボードが張られ、お客様各位
には支店や本店へお出でくださいますよう。とか
避難勧告が、画鋲で留めてある。



たしかこのマンションも地上げの対象となってて
営業以外は、だいたい退いてたはずだ。
前回の規準で順当に考えるなら間違いなく点け火
なのだが、たぶん違うと思う。
きっと「自然に」燃えたのだ。
放火だったらまだよかったのにね。というやつだ。
せっかく話が進んでるのに、最悪のタイミング。
まさかボイラー室がとっくに機能不全に陥ってる
だなんて、想像だにしなかったのだろう。



ご近所の駐車場では1962年型のギャラクシー
コンバーチブルが、初おめ見えしてた。
年式もよい。色もよい。勿論、元色でなく塗料も
違う。吹いてから20年にはなる。
前回のブーム時に入ってきた車両なはず。パテが
出てるとこもあるしボンネットは浮きはじめてる。
しかし実にフランスっぽい。屋根だけが新しい。
こちらのお宅は、前は先代のセルシオだった。
本来だったら、新型のLSなりに入れかえるべき
とこをやめて50年近く昔の中古車を転がしとく
ことにしたのである。



経験した人なら、思いあたるふしがあるはずだ。
例えば10年、10万キロ走ったクラウンとかの
ハンドルを握ってみると、これがヘタレたアメ車
そのもののフィーリングなのである。
あの高密度な感じは、舞踏会帰りの馬車のように
カボチャにかわってしまう。
2重のアイデンティティとすらいってよい。
これが日産になると、まあ元からダットサンだし
アメリカンと言われても、驚きはないのだけれど。
つまりは日本人は忍者であることを自覚してない
忍者みたいな存在なのであった。
オハイオからの観光客に
「いや。いないんですよニンジャなんて」
説明しても、通じないわけである。



当然、部品をどんどん交換してけばそんな事態は
おこりえない。ただ、悲しいかな。なんだかんだ
いって日本車は、停まりもせず走ってしまう。
明らかに壊れてるのに停まることを知らないのだ。
「なんだアメ車かよ」
こちらのお宅は運よく、気がついたのだと思う。
あらためて見てみると、意外と小さく感じる。
実際、現行のLSとたいして変わらないのである。
特に最近のひとこえ2トンが当たり前のSUVや
3ナンバーなBセグメントに慣れてしまうと余計
そう思う。