資格

なぜだか急に、空しくなって、ベッドへ入っても
いっこうに寝つけず、やがて鳥たちの声が聞こえ
ぼらけるまで、プルーストを読んでばかりいた。
ここの本棚に挿してあったのは「ソドムとゴモラ
「囚われの女/上下」「見出された時」の4冊だけ。
ほんとはもっと前のほう、もう少し明るいとこを
読みたかった。
  


フランス装丁でない2冊は、中学へ入った記念に
六本木の古本屋で買ったセットから、の物になる。
その後イギリスへいき、アフリカへいき、そして
日本へもどり、またイギリスへと、いつも傍らに
いてくれてたのだった。
「見出された時」のカバーが外れ、ところどころ
茶色くなってるのは、たしかあの夏、親しかった
現地の日本人数家族と、連れだって出かけてった
サン・シティで、皆がゴルフやテニスに興じてる
あいだ中、380SELの後部座席へ寝ころんで
読みつづけ、ついにちから尽きて取りおとした際
ついた、アフリカの土である。
なぜ興味もないリゾートへ、わざわざ同行したか
どうしてホテルへ入らず車の中で半日以上、本を
読んでたのか。そのへんは一切、記憶にない。
ただあのころのベンツ特有の匂い、今でもたまに
機会があって同じ車種に乗ったりすると、いつも
あの瞬間だけが、襲ってくる。



Fさん家とは、とりわけ親しかったから、きっと
サン・シティへも一緒だったはずだ。
娘が2人いて、妹はひとつ下、姉はわたしよりも
3つ上だったと思う。
そのころの3つは、手のとどきようもない遥かを
仰いでる感じだった。
妹とは、会うたびに詰らない冗談も言え、海辺の
ホテルでも、食堂のテーブルの下へ共に隠れたり
ミニバーのボトルを、ぶつけあったりできた。
しかし姉のほうとなると、てんで話にもならない。
なにか言われても、気のきいた応えどころか返事
すらできず、さぞかしおかしな奴だと思われてた
にちがいない。
おまけにそれまで、体育の授業なんか出たことも
なかったというのに、週3回ウチへきてくれてた
テニスのプライベート・コーチに、このわたしも
レッスンをうけたいとまで言いだして、数ヶ月は
彼女と、ミックス・ダブルスでペアを組む夢まで
見てたのだから、絶対に、どうかしてたのだ。
 


彼女が死んだと聞いたのは、イギリスでだった。
庭の立ち木へ縄をかけ、妹が最初に見つけた時は
息をしてたらしい。
なんでも恋愛に悩んだあげく、という説明だった。
バカな。と思った。かなり憤慨したのを覚えてる。
婚姻が禁じられてるとはいえ、日本人は白人だ。
そしてそれは、単なる制度上の、約束でしかない。
見かけはなにも、決定しない。出生地主義下での
わたしはインド人で、この事実だけで家族の中で
1人、劣等人種あつかいとなってしまう。そんな
下らない話で命を落とすなんて。こっちはもっと
深刻なんだぞ。
とはいうものの、いくら罵っても還ってくるわけ
もなく。
それまで読んできた書籍の、全てのセンテンスが
生はイリュージョンだし、愛など不可能だと証明
してるにもかかわらず、好きだと告白しといたら
よかったと後悔した。
相手にされなくても、きちんと伝えておけたなら
ひきとめれたかもしれないと、今でも考える。
だって本当に好きだったんだし。
ご夫妻は現在でも、かの地に在住してる。結局は
娘の身体が、彼らをアフリカへ繋いでるのだ。



最近では、ひと1人が自らの命を絶つのに、そう
たいした理由もいらないんじゃないか?とも思う。
死ねる人間と、そうできない人を、わける気にも
ならない。
親鸞だったら、そういうだろ。としか感じない。
例のアナウンサーのあれ。について、ネットでは
とうとう他殺説まで、流れるようになった。
愛人だとか謎のカウンセラーだとか日本はじつは
他民族が支配してるとか。
どれもが事実だとしても、原因だとは思わない。
影響すら受けてない可能性だってある。
だからみんな、あんなに慌ててるのだ。
「ホテルのロビーでお茶を飲んでたら、まわりの
人たちがどうも、元気なさそうにみえて…」
この程度のきっかけで、なにげなくやってしまう
のかもしれない。
理由を必要としてるのは我々だ。
生きるのは理由を探すことだから。
自殺にも、原因があると信じたがる。じゃないと
怖いし。なんとなく嫌になった。
それくらいで、探せなくなると思いたくないのだ。