野ばらさん逮捕

携帯電話を海へなげ、世の中に背をむけ、誰とも
話さず、その日ぐらしを10年欠かさず続ければ
葉っぱとそんな換わらないキマリぐあいをもって
眼前の展開に対処できるはずなのだ。
つまり、やってるかやってないかわかんない状態
もしくは、もう必要ない。というやつである。
最近は、なにごとも便利に済まそうとする考えが
はびこってしまったのだと思う。



キングストンで1週間もぶらぶらしてると、街の
チンピラが、地回りもかねて寄ってくる。
体のいいカツあげなのだが次第に連中も悩みなぞ
うちあけるようになって、ある日
「やっぱ都会はキツイよ」
みたいな話になった。
そんな時、どうするかというと、ラスタに会いに
山のなかへいく。
「いや、むしろ果物などを持参するのである」
そう聞かされたが、イマイチ把握できなかった。
実物を目の当たりにしてみて、なるほどと思った。
樹の幹に片手あて
「やがて雨がふりそして」
視線をどこへあわすでもなく、ポエムな独り言を
ぶつぶつとぎれなく、しゃべりっぱなしなのだ。
それを、バビロンの暮らしに疲れた、不良たちが
10人くらい、とりまくように
「さすがスルドいなぁ」
拝聴してる。
こういう姿を見るにわざわざ捕まえるほどのこと
だとは、わたしはどうしても信じれないでいる。