魔笛

みんなYさんのことを、てっきり名古屋出身だと
思ってた。ほんとは熊本の生まれで、お父さんは
ひとり乗りの小舟で海へでて、魚?をとる伝統的
漁法の、継承者だったそうだ。ちなみにYさんは
こないだ、約20年ぶりに再会したじつの息子に
東京駅は新幹線のホームで、あいさつもそこそこ
いきなしおもいっきり、殴られたばかり。



このたび判明した事実。
Yさんは18の春、家出も同然なかたちで熊本を
あとにし、ほどなく流れついた名古屋で、所帯を
かまえるに至った。が、子供が生まれると同時に
「夜汽車へ飛びのって」今度は、東京へ。因果は
めぐり、あの春の日の歳まで成長した彼が内緒で
「これまでさんざん、お母さんを苦しめた」
復讐をせんと、そのいちねんのみを固く胸へ秘め
新丸の内ビルディングを、見あげたわけだった。



「あー。うかうかでてっちゃって、そりゃひどい
目にあいましたね」
わたしはそういう経験ないんでわかんないんです
けど、やっぱ男もその歳んなると、実のムスコて
きかされると内心「ヤバイな…」と、思いつつも
ついうっかり。てやつですか?
オレを斬れ!みたいな?
きくとこれには、いろいろ深い事情があるのだと。



絶対に他言は無用。らしいので、ここに書いとく。
なんでもYさんの親御さんは双方ともに、とある
団体の構成員で、そもそもYさんが家をでたのは
その環境が「がまんならなかった」から、らしい。
しかし気がついたときはすでに、もう遅かった。
輪にかけて妻も、活動に熱心だったのである。
ようするにYさんは、お釈迦さまの掌で遊んでた。
当の団体にしてみれば、しょせん組織の鬼っ子と
いうか、憐れな黒ヒツジにすぎないのだ。



「そんなだから、いつまでたっても敗残者なのよ」
息子とのいきさつを報告せんと、ひさびさに妻に
電話すると案の定、さされたそうだ。
妻の説ではYさんは、党の推進する革命ろせんを
理解してないがゆえに、勝利をつかみとれない。
え?。
「なによそれ?かねがね不思議だなとは思ってた
けど、アレのことっしょ?ようするに?」
おまえどうしても知りたいのか?と、ひと押して
Yさんは
「はやい話、メリットのあるやつとだけつきあえ。
て教えなんだよ。。」
ひみつをあかしてくれた。



うわー。
だから社会かくめいじゃない。てわざわざ断って
んのか。インディビジュアル、てかミクロレベル
マインド・ゲームすね。そいつぁいいや。でも
「どうやったら目のまえのひとが、自分にとって
おトクか損か、わかんのよ?」
ところがYさんは
「もんだいはな。なにがメリットか。という点だ」
ちょっとカッコよかったけど、でもはぐらかさん
としてるんじゃないか?と感じてしまったのだ。
だってバーとかで会ったとき、こっそり後ろ手に
にぎりこぶしの中身をわたしてくれるんだけど
「ギブあんどテイクだよ」
かならず言いそえるから。



「なあ、おまえ。さいきんは、どいつもこいつも
おとなしくなっちゃったと思わんか」
いきなりふられて、ぎくっとした。
なんたって、ひとまわり近く年上の意見だ。それ
もしや、わたしをさしてます?
「まあ昔はね、銀座でも新宿でも殴りあいの喧嘩
しょっちゅうだった。なんて聞きますけど。もう
ムリでしょ。幅よせだって暴行らしいすよ?」
Yさんによると、人間の意識は戦争というかたち
で、歴史に反映されてるのだという。



1)貴族や騎士、特権階級のみが闘った時代
2)社会のすべてが参加を義務づけられた総力戦
3)だれが敵みかたか判からないゲリラ戦
とだんだん、ミクロ化してってる。
現在、戦術として絨毯爆撃を選択するのは事実上
不可能。スーツケースがた原爆が実用化されれば
応酬をおそれ、テロそのものも非現実的となる。
そうするとわれわれに唯一、残されたガス抜きの
チョイスとしては、精子戦争くらいがせきの山で
先のアンナ・ニコル・スミスさん裁判は、ニュー
エイジの幕あけを告げる、スターゲイトなんだぜ。
「ああ…そいえば億万長者と弁護士とぼんくらが
ごかくに戦って、ニートがガッツ・ポーズとって
ましたよね」
全世界のごくつぶしの希望の星っちやそのとおり
ですよねぇ…
「科学的検証で勝敗をきっする。てのがさ」
Yさんはご満悦である。