おいしいひつじの続き

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エレベータで柩が降りてくるのを少しだけ待った。
「どういうんだろね」
「階段とこでTさん(作詞家)にあってさ
『呆気ないもんだな』
て言ってたよ」
「無念てのとは違うよな」
「意味なんかもともとないだろ」
「てか意味のないことすら忘れさしちゃう・・」
「あー『Kんときみたいだ』て言ってたいってた」
Kとは、自宅でフリーベースを造るのに失敗して
焼け死んだと、噂の流れた先輩である。
ここらあたりを除けば、手ぎわが良すぎて坊主が
経を読みとばしたくらいの進行だった。
弔電を詠唱する司会のお姉さんも、アナウンサー
朗読劇みたく感情が篭ってた。もっともどちらが
泣き女か実際、わかりゃしないのだが。
どの弔電も長く薄く、ブログの追悼記事をコピペ
したものに違いなかった。こんなとこにも、IT
革命の悪影響が顕れてるのである。



Aさん(元自治体首長)の側近だった。ってひとの
話では、かなり前から朝は、とりあえずビールで
始まってたらしい。時代や時期を問わず、つねに
人格の『根幹を破壊する』何かがあるのだと言う。
恐らくはその瞬間は、ハイヤーのバックシートへ
背中を押し付けた明け方にでも、やってくるのだ。
謝罪(あや)まりゃ済むのだと、錯覚さしてしまう
現在(いま)しかない、ポジティブ思考だけが救う
のだと、輝きみせてしまう何かが。そういえば
「そんな風にしてると君の葬式には誰もこないよ」
などと脅されたものだった。当時は悪い冗談だと
しか思えなかったのだが。



−ご遺族のみなさま。台車でひつぎがまいります。
つきましてはみぎがわに4名、左側にも4名づつ
お立ちになられますよう。なを、持ち上げて頂き
ますと、そのまま台車を退かせていただきます・・
「それではわたしが・・」
と、譲りあってる。



「面白いひとだったのにね」
Mはそうだな、といった顔をした。
「中国飯店いったよな、3人で」
「だっけ?」
「あすこなら1Fで面倒もないし『どうぞどうぞ』
て調子ん乗ってたら突然、床へ崩れおちたじやん。
ようやっとタクシー見おくったら君が
『ああやって帰ると、妻を殴るらしいんだ。無論
本人あばれたなんて、知ったこっちゃないんだが』
て、台なしにしたろ?」
上海ガニなはずが、め開けたら女房じゃな・・」
「お待ちかねのひつじがそろそろ出てくんだろ」
「だな」