アブダクション

Sちゃんが西麻布界隈から忽然と姿を消したのは
ちょうど1年前の今日だった。以来、だれも彼を
見てないのは、どうやら確からしい。



お台場仕上げにシワひとつ付けず、カウンターへ
斜めにしなだれて、スツールに登るような野暮な
まねはせず、カクテルグラスを傾けてる。そんな
いつもの風景は、どっかへいってしまった。
ここ数年、おそばにつかえてた、アパレル業界を
わたり歩いてきた遣り手のプレス嬢は、とっくに
べつの男と結婚し、話をきけるような状況にない。
手がかりは失せた。



兆候らしきはあった。
なんだったか、チャリティのイベントをやりたい
と言ってた。なんかに肩いれるという説明だった。
会費、というのか入場料?というのか3000円
くらいかかるのだった。みな金あつめだと思って
本気にはしなかった。そこそこ、成功したらしい。
ひとは集まったとのうわさだった。



あの日Sちゃんは、部下2人をひきつれて電車で
移動中、新宿駅のホームを繋ぐ、真昼の地下連絡
通路で宇宙人に出遭ったのだ。格好は
「そこらのやつらとまるっきしかわんない」
両眼がグリーンなのだという。
「オイ!おまえらアレをみろ」
と、いつもの調子で、袖をひいたらしい。最悪の
瞬間でも、ひとりじゃなかったなんて、いかにも
人気者のSちゃんにふさわしいと思った。



それ以外は自分の電話番号をど忘れしてるくらい
だったが、そんなに大きな会社ではなく、すでに
けっこうなポジションにいたけど、やっぱり顧問
というわけにはいかないのだった。
岐阜だか和歌山だかの、ご実家は由緒ある系列で
お寺さんもいらっしゃるんですか?みたいな話を
肴にうかがってた者もいた。
だからまあ、心配する必要もないだろう。年末を
待たずしてなんとなく、おさまった雰囲気だった。
わたしはSちゃんが意外とちかく、それこそすぐ
そばにいるような気がしてならない。
新宿より遠くはないだろうと考えてる。